Quantcast
Channel: asn同窓会
Viewing all 559 articles
Browse latest View live

川崎市立麻生中学校

$
0
0


土地区画整理事業により、以前は山林と点在していた畑地が、整然とした住宅地に生まれ変わったこの山口台の地に、本校は平成3年に小田急線新百合ヶ丘駅周辺を 学区とし、川崎で51番目の市立中学校として開校しました。

平成 33.25校舎落成
4.1 麻生中学校開校(初代小椿威校長、他職員11名着任)
4.5 始業式(2年16名)
            入学式(81名)

教育目標
 麻生中学校は平成3年に、川崎市第51番目の公立中学校として創設されました。
学校目標は、『自主自律』。21世紀を力強く生き抜く力を一人ひとりが身につけようという
志を込めたものです。
自主自律
(1)健康で明るい人(2)思いやりのある人
(3)創造性豊かな人(4)国際性に富む人

部活
陸上競技部サッカー部柔道・相撲部剣道部バドミントン部
バスケット部卓球部ダンス部ソフトボール部女子バレー部
美術部パソコン部吹奏楽部

アクセス
新百合ヶ丘駅から 徒歩25分   
新百合ヶ丘駅より 小田急・市営・東急バス約5分  山口台中央バス停降車徒歩3分



人気ブログランキングへ




統括責任者 浅井敏春




勝浦市立興津中学校

$
0
0


歴史
1947年(昭和22年) - 「興津町立興津中学校」として開校
1954年(昭和29年) - 学校給食開始
1955年(昭和30年) - 市町村合併に伴い、「勝浦町立興津中学校」へ改称
1958年(昭和33年) - 市制移行に伴い、「勝浦市立興津中学校」へ改称
1965年(昭和40年) - 校歌制定および体育館落成
1975年(昭和50年) - 柔剣道場落成
1978年(昭和53年) - 新校舎落成
1991年(平成3年) - コンピューター室開設
1993年(平成5年) - 新体育館落成
1996年(平成8年) - 創立50周年

年中行事
4月 - 入学式
5月 - 避難訓練(不審者)・体育祭
6月 - 海岸清掃
8月 - 職場体験学習(2年生)・廃品回収
9月 - 避難訓練(地震)
10月 - 文化祭
11月 - 廃品回収
12月 - 避難訓練(火災)
1月 - 校内席書大会・スキー教室(2年生)・中学校入学説明会
3月 - 3年生を送る会・卒業式

通学地区
興津地区全域
勝浦市立興津小学校
勝浦市立清海小学校
旧勝浦市立行川小学校



人気ブログランキングへ




統括責任者 浅井敏春

川崎市立長沢中学校

$
0
0


沿革
1977年(昭和52年)4月1日 創立。

教育目標
自分を見つめよう
心身を鍛えよう
規律を守り、責任を果たそう
創造的な精神をみがこう
また、重点目標は
自ら学び、自ら考える力の育成と一人一人の特性に応じ、個を生かす教育を行う。
思いやりの心を育み、豊かな人間性を身に着ける。
学校、家庭、地域の連携を深め、信頼される学校をつくる。

部活動
運動部
男子バスケットボール部
女子バスケットボール部
男子バレーボール部
女子バレーボール部
男子卓球部
女子卓球部
バドミントン部
ソフトボール部
ソフトテニス部
サッカー部
野球部
剣道部
陸上競技部
駅伝部
文化部
パソコン部
吹奏楽部
演劇部
茶道部
美術部

著名な出身者
福田紀彦(政治家・川崎市長)
藤井剛(俳優)
相馬崇人(サッカー選手・ヴィッセル神戸)
大倉智(元サッカー選手)




人気ブログランキングへ



勝浦市立北中学校

$
0
0


通学地区
上野地区全域、浜行川(興津地区)の一部、および旧新戸小学区を除く総野地区。希望により東急リゾートタウン内、大多喜町会所も可。
勝浦市立総野小学校
勝浦市立上野小学校
新戸小学校は本来、総野中学校の学区であったが、北中学校への統合後、通学の便への考慮から勝浦中学校へと学区が変更となった。

歴史
勝浦市立上野中学校
1947年(昭和22年) - 「上野村立上野中学校」として開校
1955年(昭和30年) - 新校舎落成・学校給食開始・市町村合併に伴い、「勝浦町立上野中学校」へ改称
1958年(昭和33年) - 市制施行に伴い、「勝浦市立上野中学校」へ改称
1963年(昭和38年) - 体育館落成
1969年(昭和44年) - 北中学校への統合に伴い、閉校。校舎等は隣接の上野小学校に引き継がれる。
勝浦市立総野中学校
1947年(昭和22年) - 「総野村立総野中学校」として開校
1955年(昭和30年) - 市町村合併に伴い、「勝浦町立総野中学校」へ改称
1958年(昭和33年) - 市制施行に伴い、「勝浦市立総野中学校」へ改称
1969年(昭和44年) - 北中学校への統合に伴い、閉校。校舎等は隣接の総野小学校に引き継がれる。
勝浦市立北中学校
1970年(昭和45年) - 上野中学校と総野中学校が合併し、「勝浦市立北中学校」設立
1971年(昭和46年) - 新校舎落成
1972年(昭和47年) - 体育館落成
1973年(昭和48年) - 校歌制定
1975年(昭和50年) - 武道館落成
1991年(平成3年) - プール落成・校舎大規模改修
1992年(平成4年) - コンピュータ室設置・体育館改修

教育目標
自らの夢を大切にし、社会の変化に主体的に対応できる、心豊かで活力のある生徒の育成
自ら課題を持ち、意欲的に学習する生徒
思いやりがあり、正しい判断と行動のできる生徒
心身ともに健康で、活力のある生徒
郷土を理解し、大切にする生徒



人気ブログランキングへ



錦城学園高等学校

$
0
0


概観
歴史は古く多くの卒業生を輩出している。1923年、日本の国会において第2次山本内閣が発足したが、その中に卒業生4名などが含まれていたため、錦城内閣と呼ばれたことがある。

沿革
1880年、福澤諭吉の高弟である矢野文雄(号・龍渓)が、慶應義塾旧医学校跡に創設した、三田予備校を源流とする慶應義塾の関連校である。1881年に三田英学校と改称し、英語教育を中心とした教育を始める。創立以来男子校であったが、2004年に施設や設備を改修し、2006年以降男女共学校となった。また同年、制服のブレザーの色を、緑色から紺色へ変更した。
年表[編集]
1880年 - 矢野文雄(号・龍渓)が、東京府芝区三田二丁目(現・港区三田二丁目)の慶應義塾旧医学校跡に、三田予備校を創立。校主矢野武雄(矢野龍渓の弟。東京開成学校卒)
1881年 - 東京府芝区愛宕町三丁目(現・港区新橋五丁目)に移転し、三田英学校と改称。校主矢野武雄。
1883年 - 三田英学校、幼年舎併設。
1885年 - 三田英学校、本科、予科、幼年舎の他に高等科を併設。
1889年 - 東京府神田区錦町三丁目(現在地)に、新校舎建設移転。校名を錦城学校と改称。普通科、速成科、英漢両専科の他に数学科を新設。
1892年 - 神田大火にて本校も罹災。神田区猿楽町二番地の東京数学院を仮教場とし、翌日より平常授業。焼失地跡に新校舎竣工。錦城学校尋常中学と改称。矢野文雄(号・龍渓)が、校長に就任。
1899年 - 錦城中学校と改称。
1905年 - 錦城予備学校設立。
1906年 - 同窓会創立。矢野文雄(号・龍渓)が、会長に就任。
1907年 - 錦城商業学校を神田区錦町三丁目十八番地(現・東京電機大学五号館敷地内)に併設。
1910年 - 中学校創立三十年式典を挙行。
1948年 - 学制改革にともない、新制錦城高等学校(普通科・商業科)と改称。
1980年 - 創立100周年。
2000年 - 創立120周年。
2004年 - 校舎の全面改築実施。
2006年 - 男女共学実施。
2009年 - 共学1期生卒業。
2013年 - 創立130周年記念式典挙行。

基礎データ
教育課程
1年次は全学年共通のコースで学び、2年次より各コース及びクラスに分かれ学ぶ。
共通コース(1年次)
文系コース(2~3年次)
特進クラス
進学クラス
理系コース(2~3年次)
特進クラス
進学クラス

交通アクセス
JR・地下鉄含め多くの最寄り駅がある。
JR線
JR総武線・中央線、「御茶ノ水駅」御茶ノ水橋口より - 徒歩約10分
JR中央線・山手線・京浜東北線、「神田駅」北口より - 徒歩約10分
地下鉄
東京メトロ東西線、「竹橋駅」3b出口より - 徒歩5分
東京メトロ半蔵門線及び都営地下鉄新宿線・三田線、「神保町駅 」A9出口より - 徒歩7分
東京メトロ千代田線、「新御茶ノ水駅」B7出口より - 徒歩8分
東京メトロ丸ノ内線、「淡路町駅」B7出口より - 徒歩8分
都営地下鉄新宿線、「小川町駅」B7出口より - 徒歩8分

体育系クラブ
ソフトテニス部
陸上競技部
硬式野球部
バスケットボール部
バレーボール部
バドミントン部
ソングリーダー部
サッカー部
卓球部
剣道部
水泳部
少林寺拳法部
自転車部 
学芸系クラブ
吹奏楽部
写真部
文芸部
パソコン部
美術部
英語部
理科部
フォークソング部
囲碁部
将棋部
漫画部

著名な高校関係者一覧
創立者
矢野文雄(号・龍渓) - 大阪・徳島慶應義塾校長、大阪毎日新聞副社長、郵便報知新聞社長
教員
芥川龍之介 - 小説家
犬養毅 - 内閣総理大臣
上野清 - 東京数学院創立者
大隈英麿 - 東京専門学校・早稲田尋常中学校・早稲田実業中学校校長
小栗貞雄 - 政治家
尾崎行雄 - 世界連邦建設同盟会長、衆議院名誉議員、東京都名誉都民
久米正雄 - 小説家
ジェームズ・メイン・ディクソン - 英文学者
珍田捨巳 - 米・英駐在大使
坪内逍遥 - 東京専門学校文学科創設者、早稲田大学教授
徳富蘇峰 - 國民新聞社主
永井尚行 - 高等商業学校教授
根津千治 - 数学者
野上豊一郎 - 法政大学総長
野村伝四 - 奈良県立図書館長
林茂増 - 数学者
松村武雄 - 旧制浦和高等学校教授
森田思軒 - 翻訳家
吉田幾次郎 - 英文学者
若月保治 - 東洋大学教授
和田英松 - 学習院教授

出身者
法曹界
石井幸一 - 東京高等検察庁検事
石田和外 - 最高裁判所長官、全日本剣道連盟会長
伊藤清 - 弁護士、第二東京弁護士会会長
酒巻弥三郎 - 弁護士、第一東京弁護士会会長
和仁貞吉 - 大審院院長、法学博士
政界
秋田清 - 衆議院議長、勲一等瑞宝章
伊集院彦吉 - 外務大臣、勲一等旭日桐花大綬章
井上準之助 - 大蔵大臣、日本銀行総裁
大久保忠文 - 会計検査院第四局長
大久保利武 - 貴族院議員、大阪府知事、日本赤十字社理事
影山勇 - 法務省人権擁護局長
香坂昌康 - 東京府・愛知県知事
小松謙次郎 - 貴族院議員、鉄道大臣
椎名悦三郎 - 内閣官房長官、自由民主党副総裁
竹内俊吉(中退)- 青森県知事、ラジオ青森創立者・会長・社長
田所美治 - 貴族院議員、順心高等女学校校長
田中角栄 - 内閣総理大臣、一級建築士
千葉三郎 - 東京農業大学学長、勲一等旭日大綬章
山之内一次 - 鉄道大臣
経済界
荒井清 - 東洋信託銀行社長
稲山嘉寛 - 新日本製鐵会長・社長、経済団体連合会会長
上原正吉 - 大正製薬会長・社長
大久保正二 - 日野自動車会長・社長
賀集益蔵 - 三菱レイヨン会長・社長、日本化学繊維協会会長
熊田克郎 - 武蔵野銀行頭取
小森七郎 - 日本放送協会会長、文化功労者
貞弘衛 - キリンレモン株式会社取締役社長
清水忠雄 - 日本道路建設業協会会長
田中克己 - 松下通信工業社長
田中国男 - 全国信用協同組合連合会理事長
丹沢善利 - 船橋ヘルスセンター・千葉日報社長
新関八洲太郎 - 三井物産会長・社長
西山彌太郎 - 川崎製鉄会長・社長
平塚六郎 - 千葉相互銀行社長、千葉県公安委員会委員長
本郷慰与男 - ライオン油脂社長
溝部五郎 - パレスホテル社長
山下秀明 - 旭硝子社長
医療・福祉
伊藤久次 - 国立伊東温泉病院院長
鈴木五郎 - 国立千葉病院院長、千葉大学教授
鈴木甚吉 - 医師、医学博士
平山羊介 - 東京都医師会副会長
三上剛太郎 - 医師、軍医、新聞記者
山本鉄三郎 - 東京鉄道病院院長
学界
赤堀四郎 - 大阪大学総長・名誉教授、理化学研究所理事長
池口慶三 - 東京薬学専門学校校長、日本薬剤師会会長、日本薬学会会頭
井上貞蔵 - 明治大学教授、日本大学名誉教授
今関常次郎 - 東京高等蚕糸学校教授
岩井利雄 - 東京都立向島商業高等学校校長
岩田新 - 旧制東京商科大学名誉教授、中央大学法学部教授
大根田恒雄 - 群馬大学医学部教授、東日本臨床整形外科学会会長
小高泰雄 - 慶應義塾大学名誉教授
小野諒兄 - 北海道大学名誉教授
恩田経介 - 明治薬科大学学長、明治薬学専門学校教授
加藤信一 - 日本大学医学部教授
久能木昭夫 - 横浜インターナショナルスクール教師
後藤以紀 - 東京大学教授、工業技術院院長
酒枝義旗 - 早稲田大学名誉教授、富士短期大学・奥州大学学長
坂本正徳 - 明治薬科大学学長・教授
塩田喜八 - 豊橋市立第二南部中学校校長
末広恭二 - 東京帝国大学教授、東京大学地震研究所所長
末広重雄 - 京都帝国大学法学部長・教授
酉水孜郎 - 早稲田大学大学院・東京都立大学教授
鈴木安恒 - 慶應義塾大学医学部教授
大工原銀太郎 - 九州帝国大学総長・教授、同志社大学総長
田中幸穂 - 岐阜大学名誉教授
田中義能 - 帝国女子専門学校校長、五高教授
津田剛 - 宮崎大学教授
坪谷幸六 - 東京大学名誉教授、一高 ・東京学芸大学教授
中島万次郎 - 成蹊実業専門学校校長
長野亘 - 山形大学・山形女子短期大学教授、藍綬褒章
蜷川新 - 同志社大学・駒澤大学教授、国際赤十字赤新月社連盟理事
沼田嘉穂 - 横浜高等商業学校・横浜専門学校教授
早川保昌 - 青山学院大学学長、山梨大学教授
林田不二生 - 法政大学名誉教授・文学部長
林春雄 - 東京帝国大学名誉教授、国立公衆衛生院院長、日本薬理学会会長
馬場秋次郎 - 千葉大学教授
平井昌夫 - 東京学芸大学・共立女子大学・愛知淑徳大学教授
平岡好道 - 慶應義塾大学名誉教授
平野孝一 - 早稲田大学・三高教授
平本実 - 金沢大学名誉教授・薬学部長、帝国女子薬学専門学校・城西大学教授
藤島亥治郎 - 東京大学名誉教授、恩賜賞
三好学 - 東京帝国大学名誉教授、日本植物学会会長
山田三良 - 京城帝国大学総長、東京帝国大学法学部長・教授、日本学士院院長
吉田富三 - 東京大学医学部長・教授、癌研究会研究所長、コッホ・ゴールドメダル
軍事
蘆野敬三郎 - 海軍大学校教授
有馬良橘 - 海軍大将、勲一等旭日桐花大綬章、勲一等旭日大綬章
岡崎貞伍 - 海軍機関学校校長
財部彪 - 海軍大将、海軍大臣
文芸
岩田良吉 - 翻訳家、医師、法政大学教授
小栗風葉 - 小説家
尾崎紅葉 - 小説家
小幡操 - 朝日新聞社論説委員
島崎藤村 - 小説家、朝日文化賞
原三郎 - 東京新聞取締役・事業局長
山崎功 - 読売新聞社論説委員
鷲尾洋三 - 文芸春秋社常務取締役・編集長
美術
田淵行男 - 山岳写真家
中川一政 - 美術家、文化勲章、文化功労者
山本豊市 - 東京芸術大学名誉教授、芸術選奨
音楽
中島方 - チェリスト、武蔵野音楽大学教授
堀光一路 - 歌手
宮沢縱一 - 音楽評論家、武蔵野音楽大学教授、放送文化賞
映像
野々浩介 - 俳優
舞台
三笑亭夢楽 - 落語家
友田恭助 - 新劇俳優
松井翠声 - 漫談家
ボードゲーム
木村義雄 - 将棋棋士、十四世名人
スポーツ
千葉胤次 - 全日本弓道連盟会長、東京市目黒区区長
徳三宝 - 早稲田大学柔道部師範
西村修 - プロレスラー、IWGPタッグ王座



人気ブログランキングへ



東京都立足立新田高等学校

$
0
0


概要
1979年に東京セロファン紙株式会社(現・三井化学東セロ株式会社)工場跡地に開校。学校名は「江南」となる予定であったが、地域住民の要望により「足立新田」が採用された。
以前は入試で定員割れが相次ぎ、また他校との対立抗争等で風紀が著しく荒廃し一時は中退率が5割を超えるなど学校全体としては惨憺たる状況であり、1997年に開始された都立高再編計画では他学区の底辺校同様に廃校を検討されていた。この状況を改善するために、1997年11月に校長に就任した鈴木高弘を中心として、大掛かりな改革を実施することとなった。その具体的な内容は以下の通りである。
分割後期募集の実施、一般入試においての面接導入などの入試改革。
3つの学系の設置(2年次以降に希望の学系を選択させる)。「スポーツ健康系」「福祉教養系」「情報ビジネス系」のいずれか1つに属し、選択した学系の科目群の中から興味のある科目や将来のために必要な科目を選択。また、現在では大学進学希望者に対しての支援も行われ、各学年につき1学級「進学特別クラス」を設置、受験対策の講習や勉強合宿を実施。
制服選択制の導入。
結果的に入試倍率は急上昇、中退率が大幅に減少した事で学校全体が落ち着きを取り戻した。それに伴い部活動も活性化し、都立高校では唯一の相撲部や、2年連続3度目となるインターハイ出場を決めた陸上競技部などが好成績を収めている。また野球部は2006年選手権大会東東京大会でベスト4、2007年・2008年はベスト8、2009年ベスト16、2010年ベスト8の実力を持っている。ダンス部は『冬の日本高校ダンス部選手権』2013年東日本大会3位と優秀な成績をおさめている。

沿革
1979年4月1日 - 東京都立足立新田高等学校として開校。学校群には組み込まれず、単独選抜制度導入。
1980年 - 新設校である大森東高校が校舎未完成の為、1年間、同居受け入れ。1、2階が足立新田高等学校、3階を大森東高等学校で使用した。
1982年 - グループ合同選抜制度導入、江北・足立・淵江・足立西・足立東・青井の各校と52グループを組む。
1994年 - 単独選抜導入。
2008年10月18日 - 創立30周年記念式典挙行。
2011年4月 - 校舎改修工事に伴い、仮設校舎にて授業開始。2012年夏に完成。

交通
東京メトロ南北線王子神谷駅より徒歩12分
京浜東北線王子駅・都電荒川線王子駅前駅よりバス10分、新田三丁目下車徒歩2分
京浜東北線・埼京線他赤羽駅よりバス10分、新田二丁目下車徒歩3分、または環七新田下車徒歩5分
東武伊勢崎線他西新井駅よりバス18分、環七新田下車徒歩5分

著名な卒業生
伊集院光(タレント。3年3学期に中退)
千代大龍秀政(大相撲幕内力士。都立唯一の相撲部がある本校に進学し、高校総体でも活躍。
第88代学生横綱)
秋吉亮(東京ヤクルトスワローズ投手。千代大龍と同学年)




人気ブログランキングへ



川崎市立柿生中学校

$
0
0



沿革
昭和22 5.5開校(職員8名 生徒182名)
昭和22 5.10校章制定(開校記念日となる)

教育目標
 1.思考力を養う。
   真理を探求し科学的に考え創造し,正しい判断ができる人
 2.美しさを感じ,思いやりのある心を養う。
   他人を尊重し豊かな情操をもち,社会性に富んだ人
 3.自主・協力の態度を養う。
   自主的に責任をもって実行し,積極的に行動力のある人
 4.健康の保持と体力の増進を図る。
   保健と安全の習慣を自律的に身につけ運動能力のある人

学 区 
 王禅寺西6丁目19番13~21号,20~28番
 王禅寺西7丁目1~19番
 王禅寺西8丁目
 王禅寺東5丁目47番21~28号,48~51番,52番3号,18~31号,53~55番
 王禅寺東6丁目
 岡上
 上麻生
 上麻生5丁目4~6,15~52番
 上麻生6,7丁目
 下麻生11番
 下麻生1丁目
 下麻生2丁目1~11,15~48番
 下麻生3丁目
 早野(1150番を除く)

アクセス
 登戸駅から小田急線(各駅停車)に乗車すると、柿生駅まで所要時間17分
 登戸駅から小田急線(急行)に乗車し新百合丘駅で乗り換え、小田急線(各駅停車)で
 柿生駅まで所要時間 13分

 柿生駅から徒歩で5~10分


人気ブログランキングへ



市原市立五井中学校

$
0
0


校訓
「堅忍不抜」
意味:困難に屈せず、我慢強く心を動揺させず、頑張り続けること。

教育目標
目標を持ち、ねばり強く努力する生徒(立志・精進)
自分を大切にし、進んで自分をのばしていく生徒(自主・健康)
他人を理解し、思いやりのある生徒(人権・敬愛)
進んで働き、環境を整える生徒(勤労・環境)

通学区域
五井南海岸岩崎岩崎西1丁目岩崎1丁目岩崎2丁目玉前玉前西1丁目玉前西2丁目玉前西3丁目出津出津西1丁目飯沼岩野見平田五井東1丁目五井東2丁目五井西1丁目五井西2丁目五井西3丁目五井西4丁目五井西5丁目五井西6丁目五井西7丁目藤井村上【一部】惣社【一部】根田【一部】五井【一部】君塚1丁目【一部】五井中央東1丁目五井中央東2丁目五井中央西1丁目五井中央西2丁目五井中央西3丁目更級1丁目更級2丁目更級3丁目更級4丁目更級5丁目

校歌
作詞: 川路柳虹
作曲: 小村三千三

進路状況
例年80%程の生徒が公立高等学校へ進学。その他20%程の生徒は私立高等学校への進学、国立高等専門学校への進学、サポート校への進学、専門学校への進学、養護学校への進学、及び就職をしている。




人気ブログランキングへ




川崎市立はるひ野中学校

$
0
0



沿革
2008年 - 白鳥中学校の校区の一部が分割し開校。
中学部と初等部(小学部)が合築されており、初等部も川崎市立栗木台小学校の一部が分割して開校。

教育目標
○自分を生かして豊かに生きる [知力] (楽しく学ぼう)
○思いやりをもって生きる [心情] (助け合おう)
○心身ともに健やかに生きる [体力] (明るく生活しよう)
○人々とともに生きる [小中連携] (だれとでも仲良くしよう)

部活動
•運動部
バドミントン、サッカー、野球
バレーボール、陸上、卓球
バスケットボール、ソフトテニス
•文化部
吹奏楽、美術、家庭科

通学区域
黒川はるひ野1丁目はるひ野2丁目はるひ野3丁目はるひ野4丁目はるひ野5丁目南黒川






人気ブログランキングへ



東京都立足立工業高等学校

$
0
0


設置学科
総合技術科

沿革
1962年12月1日 - 東京都立足立工業高等学校設置
機械科4学級、電気科2学級、電子科2学級。東京都立足立高等学校に仮事務所開設。
1963年
3月8日 - 第1期工事:一般校舎(A棟)の一部竣工
3月22日 - 同上仮事務所から東京都足立区伊興町諏訪木2244番地の本校校舎に移転
4月10日 - 第1回入学式挙行、於足立文化会館
11月8日 - 開校式挙行
1966年
3月15日 - 体育館竣工
3月26日 - 校舎、体育館落成式挙行
1970年4月10日 - プール工事竣工
1971年9月30日 - 校庭整備完了
1972年11月25日 - 創立10周年記念式典挙行
1982年11月27日 - 創立20周年記念式典挙行
1987年6月27日 - 格技棟落成式典挙行
1991年4月9日 - 第29回入学式挙行
機械科119名、電気科81名、電子科80名入学(7クラスに)
1992年4月9日 - 第30回入学式挙行
機械科84名、電気科82名、電子科81名入学(6クラスに)
1993年4月27日 - 地鎮祭(全面改築)
1995年3月31日 - 第1期工事竣工:管理棟,実験・実習棟,体育館棟落成
1996年10月31日 - 東京都教育委員会総合技術科への学科改編を認可
1997年
3月31日 - 第2期工事1教室棟落成(新校舎完成)
4月1日 - 文部省平成9・10年度高等学校教育課程研究指定校となる。
4月9日 - 第35回入学式挙行(総合技術科1期生)総合技術科202名入学
11月15日 - 創立35周年記念・校舎落成式典挙行
1998年3月31日 - 第3期工事:グランド整備完了
2000年7月 - 改善委員会発足
2001年4月7日 - 第39回入学生より学級定員40名→35名へ(5クラス)
2005年5月13日 - 都立工業高校第2設備拠点校として拠点校実習開始

交通
東武スカイツリーライン西新井駅よりバス10分 徒歩25分
東武大師線大師前駅より徒歩15分
日暮里・舎人ライナー谷在家駅より徒歩15分

出身者
針谷みきお(足立区議会議員)

校風
機械実習などの授業がありさまざまな機械にふれていく。 機械科と電気科にコースが分かれる。




人気ブログランキングへ



我孫子市立我孫子中学校

$
0
0


概要
我孫子市でも歴史が古い中学校である。天王台駅及び東我孫子駅から歩いて15分のところにある。また、正門前は国道356号線が通っており、我孫子自動車教習所が道路を挟んで隣にある。
生徒数は約1000名のいわゆるマンモス校。過去には1学年10クラスを超え、県内一の生徒数だったが、ここ数年でクラス数は1学年7,8クラスになるなど少子化の影響を受けて生徒数は減少傾向にあった。しかし、2006年度においては1学年10クラスに回復、社会的に少子化が進行する中、多くの生徒を抱える中学校である。生徒数が回復した理由としては、学区範囲が広いこと、天王台駅周辺などを中心にマンションが増えていることなどがあげられる。

三大伝統
古くから伝えられる三大伝統なるものが存在する。白山中学校にも同じ三大伝統が受け継がれていることから、分校前から受け継がれてきたものと考えられる。
歌声
1学期に歌声交歓会、2学期に歌声コンクールなどが行われている。朝の会、帰りの会などで各クラスから歌声練習の声が聞こえる。また、総合的な学習の時間や学級活動の時間を合唱練習などの時間にあてることがある。朝の時間に学年別パート練習を行ったり、その合唱指導は年々向上していると言われる。卒業式でも吹奏楽部伴奏の合唱曲で卒業生を送るなど、歌声の伝統は確実に受け継がれている。
挨拶
挨拶運動を行うなど、元気な挨拶も当校の伝統の一つである。
清掃
無言清掃タイムの時間が設定されている。また、長期休暇中や、大雨や台風、大量の落ち葉があるときなどは、各部活動が自主的に清掃活動を行っている。
冬季トレーニング
冬場に入ると完全下校時間が早くなり、最も早い時期で16時30分となる。そのため、主に運動部系の部活動は部活動時間の延長を申請する場合が多い。学校側としては、生徒の安全面などでの懸念があるため、大会などが近い場合のみ延長が許可されることが多い。しかし、体力低下などが懸念されるため、学校全体で冬季トレーニングを行うようになった。
事前に生徒に通知され、参加する生徒は申し込み用紙に記入し提出する。例年多くの生徒が参加しており、運動部、文化部、無所属問わず参加することができる。
当然ながら、終了後は暗くなるため、女子生徒は保護者による迎えが条件となる。また、男子生徒よりも早く終了する。主なメニューは準備体操を含めたランニングなど。決められたカリキュラムに沿って行う。

その他
避難訓練などでは実際に小屋を建てて燃やし、生徒が消火器を使用したり水袋を投げたりして消火活動を行う。指導には消防署員があたっている。小屋の燃え方を知ることや、消火活動を実体験することにより、本格的な避難・消防訓練となる。
千葉県内でも珍しい学生帽着帽校であったが、生徒会に対する生徒からの要望で話し合いが進められ、2005年度より学生帽自由化となった。現在は学生帽を被る生徒はいない。
学校より2km以上の距離に住む生徒に対しては許可制で自転車通学が認められている。学年及び特別許可区別にヘルメットに色違いのテープと校章を貼る。学区には非常に交通量の多い道路が多く存在するため、校内規則に違反する者へは5段階の利用期間停止があり、最終的には自転車通学の禁止となるなど、生徒指導部の指導が比較的厳しく、通学路上での抜き打ちチェックが日々行われている。
制服・体育着:現在の体育着は2002年度から採用されたものであるが、学校用ジャージとしては珍しいボックス型オープンシャツが採用されている。この変更に際しては全校生徒から配色案を募り各クラス、学年での審査を経て数デザインに絞り最終的に全校生徒の投票で選ばれたものを採用した。

学区
小学校
我孫子市立我孫子第一小学校
我孫子市立我孫子第二小学校
我孫子市立我孫子第三小学校
我孫子市立並木小学校
我孫子市立高野山小学校
我孫子市立湖北台東小学校
我孫子市立湖北台西小学校
(これは主な小学校で、地域別に見るとさらに別の小学校からも入学するようになっている)
地域別
我孫子、並木、つくし野、栄、寿、泉、天王台、高野山、青山、青山台、南青山、柴崎、柴崎台、東我孫子、下ケ戸、中峠、中峠台、都部、岡発戸、岡発戸新田、湖北、湖北台、新木
なお、我孫子市内では中学校の学区が基本的には自由化されており、上記以外から通学することも可能である。
また、これ以外にも隣接する取手市や柏市から通学する生徒がいる場合がある。

沿革
1947年(昭和22年)5月10日 - 第一中学校が我孫子町立第四小学校内に、第二中学校が我孫子町立第二小学校内に開校
1949年(昭和24年)3月31日 - 第一・第二中学校を廃止、我孫子町立我孫子中学校を設置(東西両校舎)
1950年(昭和25年)5月27日 - 両校舎を併合、現在地に移転
1950年(昭和25年)11月 - 校歌制定
1961年(昭和36年)9月7日 - 放火により学校消失(6教室が残る)
1962年(昭和37年)9月1日 - 新校舎に移転
1966年(昭和41年)9月 - JRC加盟
1969年(昭和44年)11月1日 - 東葛飾駅伝大会3連勝
1970年(昭和45年)11月7日 - 東葛飾駅伝大会4連勝
1971年(昭和46年)11月1日 - 東葛飾駅伝大会5連勝
1979年(昭和54年)3月31日 - 白山中学校を分離

施設・設備
校舎
校舎は2棟。正門側が各クラスの教室及び職員室・事務室・印刷室などがある。技術家庭科で使用する教室及び理科室などは、北側の特別棟といわれる建物にある。
その他
プール - 夏の水泳授業や水泳部の練習などに使われる
武道場 - 主に剣道部、柔道部の練習場所である他、学年集会などに使われることも多い。また、夏には吹奏楽部の練習場所として使われる時もあり、様々な役割を果たしている。真夏には40度を超えることもあるので要注意である。
体育館 - 運動系部活動の他、集会、講演会などに使用される。夏は吹奏楽部の練習場所として使用される他、近年は春にコンサート会場としても使用されている。
パソコン環境
情報教育が盛んになる以前から、コンピュータの整備状況は良く、生徒に対してのインターネット接続環境も公立の中学校としては比較的早期の1999年から提供されている。
校舎内は無線LANによってインターネット環境が整備されており、各教室に無線LANの発信機がある。WEPキーが登録された学校のLANカードなどをノートパソコンに差し込むことにより、インターネットに接続できる。生徒及び教員一人一人にIDとパスワードが用意され、パソコンを使用するには必ずコンピュータ室の一括管理しているコンピュータサーバにログインする必要がある。そのため、大人数で無線LANにアクセスすると、サーバが耐えられなくなり、通信障害を引き起こすことがある。実際に授業中や文化祭などで通信障害を引き起こし、改善が図られている。また、体育館などでは電波状態が悪くなり、ログインができないことがある。そのため、個人のノートパソコンにデータを移して対処するといった方法がとられることがある。
備品はノートパソコン、デスクトップパソコン、インクジェットプリンターがそれぞれ1クラス分用意され、コンピュータ室にはLAN接続されたレーザープリンターとインクジェットプリンターが配備されている。無停電電源装置なども配備され、比較的しっかりとした環境を保っている。
プレゼンテーション指導なども多く行われ、特に生徒の研究発表や校外学習などの報告にはパワーポイントによるプレゼンテーションが体育館で行われる。

部活動
運動部
野球部
サッカー部
ソフトボール部
テニス部
バレーボール部
バスケットボール部
柔道部
剣道部
卓球部
陸上部
駅伝部
水泳部
文化部
園芸部
パソコン部
生物科学部
家庭科部
美術部
合唱部
吹奏楽部
演劇部
各部活動とも盛んに活動が行われており、それぞれが一定のレベルを保っている。
また、駅伝部は過去に東葛飾駅伝大会5連勝などの成績があり、毎年東葛飾駅伝大会駅伝部壮行会が体育館で行われ、全校生徒で応援している。
演劇部は、県内のホールなどでの発表など今後の活躍が期待されている。

著名な卒業生
青木功 - プロゴルファー
鷹巣南雄 - プロゴルファー
海老原清治 - プロゴルファー
飯合肇 - プロゴルファー
山田愛里 - 元TBSアナウンサー
石塚真一 - 漫画家、『岳』の作者
平井 康翔 - 水泳選手





人気ブログランキングへ



東洋高等学校

$
0
0


教育方針
校訓は独歩・共生。教育モットーは「優しく教えきびしく育てる」・「不断の努力」。

沿革
1904年 - 東洋商業専門学校を創立
1906年 - 東洋商業学校創立
1947年 - 東洋高等学校と改称
2001年 - 男女共学化、二期制導入、水道橋新校舎落成
2012年 - 法人名を「東商学園」から「東洋高等学校」と改称

設備
校舎がビルのため校庭はない。体育祭は小石川運動場で行われ、体育の授業は基本的に狭いピロティで行われるサッカーや小体育館での卓球、屋上や体育館で行われるバスケットボール、ドッジボールやバレーボールである。
生徒用のエレベーターは2基、教師用は1基。
地下1階には小体育館・柔道部屋、地下2階には体育館・トレーニングルーム・男子更衣室・女子更衣室がある。
13階の屋上に行く方法はエレベーターのみ。
校舎の9階から12階までをテナントとして貸し出している。また、JR線路側の窓は嵌め殺しのため開かない。

学校行事
4月 前期始業式、入学式、開校記念日、オリエンテーション合宿(1年)、模擬試験、健康診断
5月 進路説明会、大学・専門学校説明会
6月 研修旅行(2年)カナダ・オーストラリア・北海道、前期試験、保護者面談、体育祭、模擬試験
7月 保護者面談、前期試験、歌舞伎鑑賞教室(1年)、前期終業式、夏期講習
8月 各部夏期合宿、勉強合宿
9月 後期始業式、模擬試験
10月 生徒会役員選挙、学校説明会、白龍祭(学園祭)
11月 保護者会
12月 後期中間試験、校祖記念日、スピーチコンテスト、模擬試験、芸術鑑賞教室、冬期講習
1月
2月 一般入学試験、後期期末試験、バスケットボール大会
3月 アメリカ姉妹校ホームスティ、卒業式、後期終業式
また数年に一度、卒業生総会(全卒業生同窓会)が行われる。

部活動
男子・女子
テニス部
剣道部
柔道部
陸上競技部
ワンダーフォーゲル部
バドミントン部
合気道部
フィッシング同好会
写真部
理科部
吹奏楽部
軽音楽部
マイコン同好会
美術同好会
ESS
囲碁将棋同好会
文芸同好会
漫画研究会
茶道同好会
クッキング同好会
合唱同好会
演劇同好会
ボランティア同好会
男子のみ
卓球部
男子バスケットボール部
野球部
男子バレーボール部
サッカー部
スキー部
体操部
女子のみ
女子バレーボール部
ソングリーダー部
女子バスケットボール部
女子ラクロス部

交通
JR中央線水道橋駅 徒歩1分
都営地下鉄三田線水道橋駅 徒歩2分
東京メトロ千代田線新御茶ノ水駅 徒歩10分
東京メトロ半蔵門線・都営地下鉄新宿線神保町駅 徒歩8分

主な出身者
中川大資 (プロボクサー)
岡本不二 (プロボクサー)
万年東一
東幹久(俳優、中退)
須賀貴匡 (俳優)
相ヶ瀬龍史 (俳優)
IZUMI(Bon-Bon Blanco)
伊野尾慧(Hey! Say! JUMP)
宮田俊哉(Kis-My-Ft2)ジャニーズ
内村航平(体操選手) 
柳田将洋(バレーボール選手)日本代表
斎藤雅也(サッカー選手)
村田翔(サッカー選手)
磯村匠(競艇選手)



人気ブログランキングへ



川崎市立稲田中学校

$
0
0


沿革
1947年(昭和22年)5月5日 - 川崎市立登戸小学校内に開校。
1947年(昭和22年)5月28日 - 後援会設立。
1947年(昭和22年)7月1日 - 校章制定。
1948年(昭和23年) 10月4日 - PTA設立
1949年(昭和24年)2月8日 - 現在地に新校舎竣工、移転。
1949年(昭和24年)9月21日 - 子供銀行開設。
1949年(昭和24年)10月6日 - 新校舎落成式。
1950年(昭和25年)5月7日 - 同窓会発足。
1954年(昭和29年)10月3日 - 校旗制定式。
1955年(昭和30年)2月12日 - 校歌制定式。
1960年(昭和35年)4月1日 - 川崎市立中野島中学校創立に伴い、学区域の一部が中野島中学校に移管(現在の菅中学校、南菅中学校の学区域も含む)。
1970年(昭和45年)7月31日 - プール完成。プール開き。
1975年(昭和50年)4月1日 - 精神薄弱学級開設。
1980年(昭和55年)4月1日 - 川崎市立枡形中学校創立に伴い、学区域の一部が枡形中学校に移管。
1981年(昭和56年)4月1日 - 新入生より制服がブレザーに変更される。
1983年(昭和58年)2月7日 - 中庭庭園完成。
1984年(昭和59年)2月28日 - 新体育館完成。
1984年(昭和59年)6月2日 - 校舎改築完成。
1984年(昭和59年)9月30日 - 校庭整備、掲揚塔完成。
1985年(昭和60年) - 一部の教室にクーラーが設置される。
1986年(昭和61年)4月1日 - 情緒障害学級開設。
1989年(平成元年)4月23日 - 格技室新築落成。
1990年(平成2年12月26日 - パソコン室完成。
1995年(平成7年) 4月1日 - 肢体不自由学級開設。
1996年(平成8年) 4月1日 - 病虚弱学級開設。
1997年(平成9年)4月4日 - 障害児用スローブ完成。
1997年(平成9年) 11月8日 - 創立50周年記念式典。
1999年(平成11年)1月14日 - 「学校へ行こう!」の「一週間だけの転校生」のコーナーの舞台となる。
2004年(平成16年)4月1日 - 3学期制から2学期制に変更される。
2008年(平成20年)4月1日 - 新入生より女子が棒タイからネクタイへ。
2009年(平成21年) - 冷暖房にGHP導入

部活動
水泳部 - 全国中学校水泳競技大会
第38回男子100mバタフライ準優勝ならびに400mリレー・400mメドレーリレー学校別対抗得点優勝の3冠
第42回女子200m背泳ぎ準優勝
第46回男子400mメドレーリレー優勝
第50回男子400mリレー・400mメドレーリレー・学校別対抗得点優勝の3冠
平成22年度川崎市体育協会団体の部優秀賞受賞
平成22年度神奈川県スポーツ優秀選手賞受賞
軟式野球部
第45回神奈川県中学校総合体育大会川崎ブロック優勝
第63回神奈川県中学校軟式野球大会第3位
第37回関東近県中学校選抜野球大会出場
平成23年度川崎市中学校軟式野球大会新人戦優勝
第9回川崎野球大会優勝
陸上競技部
第37回全日本中学校陸上競技選手権大会男子走り幅跳び出場
第47回神奈川県中学校陸上競技選手権大会少年Bの部男子110mハードル優勝
第25回神奈川県中学校選抜陸上競技大会少年Bの部男子110mハードル優勝(大会新記録)
第58回全日本中学校通信陸上競技神奈川県大会男子110mハードル優勝(大会新記録)
第58回全日本中学校通信陸上競技神奈川県大会男子走幅跳優勝
第40回関東中学校陸上競技大会110mハードル優勝(大会新記録)
第39回全日本中学校陸上競技選手権大会110mハードル優勝
第43回ジュニアオリンピックA男子110mハードル優勝
第40回全日本中学校陸上競技選手権大会110mハードル出場
剣道部 - 男子個人第40回全国中学校剣道大会出場
バレーボール部
男子第15回全日本中学校バレーボール選手権大会出場
男子第16回全日本中学校バレーボール選手権大会準優勝
男子第17回全日本中学校バレーボール選手権大会ベスト16
柔道部
第21回マルちゃん杯関東少年柔道大会中学生男子の部出場
平成17年度川崎市秋季市民柔道大会団体中学生の部優勝
川崎市制81周年記念市民総合体育大会柔道大会中学2年軽量の部・中量の部・中学3年軽量の部・中学の部団体優勝
川崎市制87周年記念市民総合体育大会柔道大会男子中学2年重量の部・中学生の部団体優勝
第9回千寿杯争奪柔道大会男子団体の部第5位
ソフトテニス部
第4回ダンロップカップソフトテニス研修大会優勝
相撲部
第46回神奈川県中学校体育大会相撲の部団体戦ベスト第3位
第36回関東中学校相撲大会出場
サッカー部
第35回川崎市ジュニアユースサッカー大会(新人戦)優勝
第63回神奈川県中学校サッカー大会出場
ハンドボール部
2012FREUNDウィンターカップ中学校ハンドボール大会 2ステージ男女アベック優勝
第30回佼成杯女子の部準優勝
チアダンス部
バスケットボール部
ソフトボール部
バドミントン部
卓球部
駅伝部(期間限定)
文化部
演劇部 - 2001年度全国中学校総合文化祭出場
吹奏楽部
1987年こども音楽コンクール東日本大会出場
1991年アンサンブルコンテスト関東大会銅賞
1996年吹奏楽コンクール東関東大会出場
1997年アンサンブルコンテスト関東大会銀賞
コンピュータ部(2010年度から電子計算機部より改名)
美術部
華道部
鉄道研究部(2008年からInada Train Studyというサブテーマがあり、桜の花がモチーフになっている)
科学生物部
読書文芸部
サポート
サポートサークル
かつて存在していた部活
器械体操部(チアダンス部に改名)
茶道部
写真部
英語部
合唱部
男子バレーボール部

アクセス
JR南武線宿河原駅より徒歩5分
川崎市交通局宿河原駅入口バス停より徒歩4分
川崎市交通局新船島橋バス停より徒歩5分
川崎市交通局宿河原バス停より徒歩5分

著名な出身者
斉藤隆司 (東京工業高等学校→日本共産党所属の川崎市会議員)
中田光一 (桜美林高等学校→法政大学→日本鋼管→神奈川大学硬式野球部監督・2007年逝去)
佐藤麻衣子(旧姓森尾・ロサンゼルス五輪、ソウル五輪体操日本代表→鹿屋体育大学助手)
吉田ふみ子 (慶應義塾女子高等学校→慶應義塾大学→民主党所属の川崎市会議員)
佐野まり(桐蔭学園高等学校→東京女子体育短期大学→青空工房所属のアーティスト)
元木章博(神奈川県立百合丘高等学校→鶴見大学文学部准教授)
平野恵一(桐蔭学園高等学校→東海大学→オリックス・バファローズ所属のプロ野球選手)
矢島悠子(神奈川県立多摩高等学校→中央大学→テレビ朝日所属のアナウンサー)
片桐秋彦(東京実業高等学校→川崎新田ジム所属のバンタム級プロボクサー)
古橋岳也(神奈川県立生田東高等学校→日本体育大学→川崎新田ジム所属のスーパーバンタム級プロボクサー)



人気ブログランキングへ



我孫子市立久寺家中学校

$
0
0


沿革
1976年(昭和51年)4月1日 - 我孫子中学校より分離、名称を我孫子市立久寺家中学校とする。
1976年(昭和51年)4月14日 - 校舎落成式挙行
1976年(昭和51年)10月18日 - 校章決定
1977年(昭和52年)1月24日 - 校歌発表会
1978年(昭和53年)3月7日 - 屋内運動場落成式挙行
1978年(昭和53年)7月20日 -屋外プール落成式挙行
1979年(昭和54年)3月31日 - 白山中学校新設に伴う学区変更により1・2年生一部分離。
1981年(昭和56年)3月27日 - 校舎東側延長に増築校舎落成
1983年(昭和58年)4月8日 - 学級増に伴いプレハブ校舎建設
1985年(昭和60年)11月9日 - 創立10周年記念式典挙行
1986年(昭和61年)3月25日 - 武道館落成
1990年(平成2年)10月10日 - 毎日カップ・全国スポーツテスト 最優秀校受賞
1991年(平成3年)2月13日 - 創立15周年記念航空写真撮影
1991年(平成3年)3月14日 - 平成2年英語技能検定 優秀団体賞受賞
1991年(平成3年)12月1日 - コンピュータ教室完成 40台設置
1995年(平成7年)11月10日 - 創立20周年記念式典挙行
1999年(平成11年)3月19日 - 給食調理室完成
1999年(平成11年)4月19日 - 学校給食開始
1999年(平成11年)9月1日 - 教育相談室完成
2002年(平成14年)5月23日 - 久寺家学習開始

学区
小学校
我孫子市立我孫子第一小学校
我孫子市立並木小学校
我孫子市立根戸小学校

校訓
久寺家中学校創立以来の校訓とされている。
自学
礼節
鍛錬

学校目標
(1) 生きて働く学力を身につけた生徒
「基礎・基本の重視」「応用力」「体験的学習」
(2) 逞しい体力と忍耐力を身につけた生徒
「部活動」「家庭生活や地域社会との連携」
(3) 勤労を尊び、自ら奉仕、実践していく生徒
「清掃活動」「学級活動」「生徒会活動」「ボランティア活動」
(4)互いに磨き合い、成長する生徒
「学習」「学級活動」「生徒会活動」「部活動」「行事」
(5)情操豊かで品位のある生徒
「自然環境」「学習環境」「生活環境」「儀式」「行事」

行事
歌声交歓会(1・3学期)
合唱コンクール(2学期)
体育祭
文化学習発表会
生徒総会
生徒が全員参加する。

部活動
特設部
駅伝部
合唱部
文化部
吹奏楽部
美術部
運動部
野球部
サッカー部
テニス部(男・女)
陸上部
ソフトボール部
バスケットボール部(男・女)
女子バレー部
卓球部(男・女)
剣道部
久寺家学習
剣道
茶道
華道
書道

短歌
上記の中から一つ選択。3年間通して修練を積み、基本的な部分を身につけるとともに、心を修養して卒業することを目的とする。なお、2007年から新たに「能」と「居合」が追加され、「剣道」は無くなった。

出身者
遠藤大志 - サッカー指導者




人気ブログランキングへ



東京都立荒川商業高等学校

$
0
0


設置学科
全日制課程
総合ビジネス科
マーケティング系列
情報系列
デザイン系列
会計系列
ビジネス系列
定時制課程
商業科

沿革
1918年 - 夜間商業補習学校として開校
1960年 - 全日制を設置
2002年 - 商業科・情報処理科を統合し、総合ビジネス科を設置
2009年 - 全日制創立50周年式典開催

部活動
運動部
男子硬式テニス部
女子バレーボール部
水泳部
女子硬式テニス部
男子バレーボール部
陸上競技部
硬式野球部
女子バスケットボール部
バドミントン部
剣道部
男子バスケットボール部
卓球部
柔道部
サッカー部
ダンス部 ・・・『夏の日本高校ダンス部選手権』全国大会において、2010年東日本大会優秀賞と優秀な成績をおさめている。
ソフトテニス部
ゴルフ同好会
野外活動同好会
空手同好会
フットサル同好会
文化部[編集]
ガーデニング部
吹奏楽部
家庭科部
美術部
合唱部
コンピュータ部
イラスト部
写真部
囲碁部
珠算部
華道部
ワープロ部
簿記部
演劇部
ロック同好会
文芸同好会
奉仕活動同好会
 
交通
日暮里・舎人ライナー足立小台駅より
徒歩15分
都バス王45系統「王子駅行き」に乗車 「小台町」下車徒歩5分
千代田線・京成線町屋駅より
都電荒川線「早稲田行き」に乗車、「小台」下車徒歩7分
JR東日本・東武線・千代田線・日比谷線・つくばエクスプレス 北千住駅より
都バス王45系統「王子駅行き」に乗車 「小台町」下車徒歩5分
はるかぜ宮03系統「小台・宮城循環」に乗車 「小台一丁目」下車徒歩1分
JR東日本田端駅より
都バス東43系統 江北駅・荒川土手行き」に乗車 「小台橋」下車徒歩0分
JR東日本王子駅より
都電荒川線「三ノ輪橋行き」に乗車 「小台」下車徒歩7分
都バス王45系統「北千住駅行き」に乗車 「小台町」下車徒歩5分
日暮里・舎人ライナー江北駅より
都バス東43系統「東京駅丸の内北口・駒込病院・田端駅行き」に乗車 「小台橋」下車徒歩0分

著名な出身者
希月あおい(プロレスラー、アイスリボン所属、在学中にレスラーデビュー)



人気ブログランキングへ



川崎市立生田中学校

$
0
0


学校教育目標
 一人ひとりが自ら学び、
 思いやりの心と正しい判断力をもって
 行動できる生徒の育成
 
めざす学校像
 ・活力ある学校   ・認め合う学校   ・開かれた学校
  
めざす生徒像
 ・夢と希望を持ち、目標の実現に向かって、たゆまぬ努力をする生徒
 ・身体を鍛え、勤労を貴び、自ら学ぶ生徒
 ・人権を尊重し、いのちを大切にする生徒
 ・自分を大切にし、人を大切にする関係性を育てられる生徒

部活動
運動部
陸上競技
野球
サッカー
ソフトボール  
男子 バスケットボール
女子 バスケットボール  
男子テニス
女子テニス
バレーボール
バドミントン
剣道
卓球
ハンドボール
文化部
美術
家庭科
吹奏楽
演劇

通学区域
生田1丁目生田4丁目生田5丁目生田6丁目生田7丁目生田8丁目(1~12・27~29番)西生田1丁目西生田2丁目東生田1丁目東生田2丁目東三田1丁目東三田2丁目東三田3丁目枡形3丁目枡形4丁目枡形5丁目枡形6丁目枡形7丁目三田1丁目三田2丁目三田3丁目三田4丁目三田5丁目

アクセス 
小田急線生田駅より徒歩10分



人気ブログランキングへ



我孫子市立湖北台中学校

$
0
0


沿革
1969年10月1日 - 我孫子市立湖北中学校より分離、開校
1970年2月1日 - 校章制定
1970年4月1日 - 本校舎落成、現地移転
1972年5月10日 - 校歌制定

部活動
運動部
野球部
サッカー部
テニス部
バレーボール部
ソフトボール部
水泳部
陸上部
駅伝部
卓球部
剣道部
文化部
美術部
吹奏楽部
家庭科部
科学部

学区
小学校
我孫子市立湖北台東小学校
我孫子市立湖北台西小学校
地域別
湖北台、都部、都部新田、中峠、中峠台、中峠村下、中里新田

著名な出身者
細川ふみえ - タレント



人気ブログランキングへ



川崎市立中野島中学校

$
0
0


沿革
1960年(昭和35年)4月1日 - 川崎市立稲田中学校から分離開校。
二ヶ領用水のほとりに立つ。

校区
布田、中野島、中野島1~6丁目、菅稲田堤3丁目、菅1丁目(7~15番)、和泉、菅北浦1丁目(3~12番)、菅北浦2丁目(4~26番)、菅北浦5丁目(1~5番)、菅馬場1丁目、菅馬場2丁目(1~19番)。
小学校区では、下布田小学校の全部、中野島小学校の殆ど、東菅小学校の一部に相当する。

アクセス
JR南武線中野島駅より徒歩5分

部活動等
近年、運動部の活躍が目覚しい。
男子サッカー部 中体連・川崎市大会優勝(2002年、2004年、2005年)
男子バスケットボール部 市新人大会優勝(2010年)同県大会ベスト16(2011年)・市春季大会優勝(2011年)・中体連・川崎市大会準優勝(2010年)、同第三位(2009年)
女子バスケットボール部 中体連・川崎市大会優勝(2006年)、準優勝(2009年)第三位(2010年)、
合唱部 川崎市準優勝(2009年、2010年)
吹奏楽部 川崎吹奏楽コンクール金賞・代表(2013年)・神奈川県吹奏楽コンクール銀賞(2013年)

著名な出身者
遠野なぎこ (女優)
信平和也(バスケットボール選手)
信平優希(バスケットボール選手)
榎本葵(プロ野球選手)
やしろ優(お笑い芸人)
三好康児(プロサッカー選手)



人気ブログランキングへ



東京都立田柄高等学校

$
0
0


概要
本校南側には秋の陽公園、北西側には光が丘公園と、緑に囲まれた環境にある。また、都立光丘高校とは光が丘公園を挿んで近接している。
1989年よりコース制となり、「日本文化コース」「外国文化コース」「理数コース」の3コースが設置された。日文・外文コースは女子が、理数コースは男子が圧倒的に多かった。
2008年入学生より、普通科3クラス、「外国文化コース」2クラスとなり、「外国文化コース」は圧倒的に女子が多い。
主要3教科全部で習熟度別授業が導入されているほか、大学入試のための補習や小論文個別指導、面接指導などがおこなわれている。また、長期休業中には漢検や英検の対策講習も開かれる。夏休みには英語合宿も実施している。
校舎は昇降口が二階にあったり、校舎が吹き抜けになっていたりと、凝った設計が成されている。また、校舎と別棟(それぞれ二階部分)が渡り廊下で繋がってアーチ状になっており、生徒は毎日その下をくぐって登下校することになる。
2008年より日本文化コースと理数コースが廃止され、普通科となる(外国文化コースは存続)。

沿革
1980年 - 開校。
1989年 - 制服を改定。
2000年 - 創立20周年記念式典挙行。
2008年 - 日本文化コース、理数コースの募集を停止、普通科の生徒が入学。
2010年 - 日本文化コース、理数コース最後の卒業生が出る。
2010年 - 創立30周年記念式典挙行。
2011年 - 制服を改定。

コース制
日本文化コース(2009年度まで)
国語や社会科の授業に比重を置き、読解力、表現力の向上を目標とする。反面、理数科目の授業が少なく、大学進学希望者は選択科目で理数科目を履修する等の注意が必要。コース独自行事として、歌舞伎・狂言・能などの鑑賞教室その他が有る。
外国文化コース
英語の4技能(「話す」「聞く」「読む」「書く」)をバランスよく学習し、コミュニケーション能力を高めることを目標とする。必修科目がすべて少人数制で行われているのが特徴的。また、三年間オーラルコミュニケーションの授業が有る。日本文化コースと同じく、理数科の授業が少ない。コース独自行事として、オペラ鑑賞を実施。
理数コース(2009年度まで)
理数科の授業に比重を置き、地質調査などの体験学習を積極的に行うことで、理数的思考力、情報処理能力を身につけることを目標とする。国語や社会科の授業が少ない。コース独自行事として、日本科学未来館の見学が有る。女子が少ない。ある年では、クラスにいなかったことがある。

交通
都営地下鉄大江戸線光が丘駅 徒歩12分
東京メトロ有楽町線・副都心線地下鉄赤塚駅 徒歩18分
東武鉄道東上線下赤塚駅 徒歩20分

主な出身者
大槻ケンヂ
川村かおり(中退)
小野清人(杉並区議会議員)
冨水明(フリーライター)
春風亭一蔵(落語家)




人気ブログランキングへ



我孫子市立白山中学校

$
0
0


概要
我孫子駅から歩いて約15分の住宅街の中に位置する。学校の標語は「忍と耐」。近くに我孫子市立我孫子第四小学校があるため、生徒の多くが同小学校の卒業生である。

学区
我孫子市立我孫子第一小学校
我孫子市立我孫子第四小学校
我孫子市立並木小学校

沿革
1979年(昭和54年)4月1日 - 我孫子中学校と久寺家中学校より分離独立
1979年(昭和54年)3月4日 - 校章制定
1980年(昭和55年)3月13日 - 校歌制定

行事
体育祭
「応援団」が結成され「応援」を行う。
白樺祭
数年前まで、白山中で行われていた文化祭。
週休2日制により、体育祭か白樺祭のどちらかを削ることになり、白樺祭が削られることとなった。
生徒総会
予算案の決定と各種行事の開催中止・詳細について議論する機関。生徒が全員参加する。
合唱コンクール
今年は取手で開催する

施設・設備
周りが住宅地のため、吹奏楽部が主に使用する音楽室は二重窓になっており、クーラーがある。

部活動
文化部
合唱部    
吹奏楽部  
科学部    
美術部    
運動部
水泳部
陸上競技部  
駅伝部    
野球部    
バスケットボール部
テニス部
バレーボール部
剣道部
卓球部
サッカー部
特に吹奏楽部は千葉県吹奏楽コンクールに毎年参加しており、全日本吹奏楽コンクール(近年は、東日本吹奏楽コンクール)まで進出するなど、好成績を残している。3月に行われる定期演奏会には合唱部も参加している。 また、駅伝部の参加する東葛駅伝には毎年全校で応援に行くことになっている。 平成19年度卓球部が全国大会へ足を進めている。 陸上部は26年度市内大会、葛南大会、県通信において男女優勝総合優勝を獲得した 陸上部 駅伝部 水泳部でたくさんの選手が関東大会、全国大会に出場する

白山中三つの伝統
美しく響く歌声
明るく元気な挨拶
心を磨く清掃

特別支援学級について
2008年(平成20年)4月より、特別支援学級「なのはな学級」が新設された。学級名は、全校生徒に名前を募集した結果決定された。




人気ブログランキングへ



Viewing all 559 articles
Browse latest View live